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まんこわと私(11 最終回)
2013/11/03(Sun)
客席は満席に近い状態でした。自分のことで精一杯で、どなたが来てくれてはるとか、
まったく考える余裕はありませんでした。舞台に上がってからも、緊張で
誰が何処にいてはるとか、確認する余裕はもちろん全くなかったのですが、
あとで挨拶させてもらったり、声かけてもらったりした人を勘定すると、社会人落語
の演者と、そのファンの方々、落語大学の先輩後輩、会社関連の人、軽く
20人を超えてて、自分でもびびりました。
2つ前の小遊さんとパックで見に来て頂ける演順だったのも正直ラッキーだったと思います。

声はそこそこ出てたと思います。私は喉が弱く、すぐつぶれてダミ声になってしまうのと、やはり
ある程度高い声が出たほうが、有利な気がしていたのとで、私はカラオケボックスに練習に行くたびに
高いトーンでの長音の発声練習(息の続く限り「あーーーーー」を高い声で出す)を繰り返し
てやっていました。後輩のまっくからは「うる星やつらのメガネのようだ」と評されましたが。

肝心の落語の中身の方ですが、私が意図的に笑いをテンコ盛りにしているのを、お客さんが
最初から受け入れる姿勢で、とても良く笑っていただいたので、相変わらずのヘタっぷり
にもかかわらず、終始、大きな笑い声に包まれて、最後まで演じることができました。
もちろん決勝に進む事なんかできませんでしたが、観たほぼ全員の方から好意的な評価や
ミクシィ等での感想を頂き、「フジロックでメインアクトやないけど実はなかなかやりよったバンド」
みたいな評価をしてもらえたことは本当にうれしいです。

正直、録音して頂いた音源を聴き返すとダメなとこだらけで、一本調子でメリハリが無い、声張りすぎ、
感情表現があいかわらず薄い、だいたい早過ぎる(パンクバンドかっちゅうくらい早い)、
恐らくは緊張しすぎで手が震えてる、恐らくは表情硬い、フリ(所作)が雑すぎる、人物の
設定を考えて無さ過ぎ、着物の丈が短くてスネ毛出てる、と自分で見ただけでもダメなとこだらけで
正直うんざりします。

でも、落語を再開してこっち、自分が一番、人から言ってほしかった言葉「おもろかった!」を
言って頂けた事が、今回の最大の収穫かな。

終わって2週間が経ち、もうそろそろ次へ向けて動かなきゃいけないので、再始動してから池田までの
ことを、ダラダラと長くなってしまいましたが、記録も含め書かせて頂きました。
読んで頂いた方、お忙しいところ、本当にありがとうございました。



今後の事ですが、今回、古典落語という、しなやか且つ堅固なフレームを後ろ盾に、好きな事を
させてもらったので、それをベースに、徐々に「オリジナルの部分の比重を上げていく」試みを
したいと考えています。折りしも珍歌さんが「三題噺の会をやるから誰か出ないか」と呟かれた
のに、またしてもあまり考えも無く手を挙げました。時期は未定ですが多分来春。
どんな事になるか分かりませんが、とにかくチャレンジしてみようと思います。タモリが
かつて言っていた「自分の身の丈にあった仕事なんて来ない、背伸びしてやってけ」を、自分に課していく。
その次くらいで、完全な創作を一回やってみたいなと思います。出来上がってるネタをいじるのと
一から作るのとでは、鍋料理作りと土鍋作りくらい違うのは重々分かっていますので、
絶え間なく間合いを詰めていきたい。最終的にまた古典に戻るのかもしれませんが。

その前に、12月22日に「ほっと越谷寄席」にゲストで出演させていただきます。
前回のゲストが二松亭ちゃん平さんで、つぎ俺?イオンで買い物した次が子供のお店屋さんごっこかよ、
みたいなレベルの差がありますが、比べてもしょうがないので、池田よりも面白いまんこわを
やるべく頑張る所存です。時間制限のため泣く泣く外した下りや、クリスマスシーズンならではの
あたらしいクスグリを考えてあるので、それらを2ヶ月かけて実装します。本当に
時間がかかるダメ演者ですが、自分なりに自分を追い込んで行きたいと考えています。



また、この1年半で、社会人落語を通じて、物凄い沢山の方々と知己を得ました。
自宅のある東海地区、単身赴任先の関東、実家のある大阪。全国の社会人落語
さんたちと交流が私の最大の糧です。それと本音で意見をしてくれる方々。
不安定な私のメンタルを支えて下さっているのは皆さんの存在、そして言葉です。
これからもどうぞよろしくお願いします。

そして自分は、6年前にタイムスリップして、「阿弥陀池と私」を書いて
過去の自分のことで悦に入っている自分に、こう言ってやりたい。

 「おい、終わったつもりでいるけど、おまえまだ何も始まってねえぞ」


                               (了)



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まんこわと私(10)
2013/11/02(Sat)
2013年10月19日 土曜日。
私は口の中が乾いてしょうがありませんでした。

いよいよ、この半年準備してきた「饅頭怖い」をリリースする
時がやってきました。池田の駅前に集合し、会場入りするくらい
まではまだマシでしたが、最初の方の演者さんが着替え始めた頃から、
私の緊張は尋常ではないくらい高まってきました。

カミングアウトしておきたいことがひとつあります。
今年の1月に、十数年ぶりに、落語を菊名でやらせてもらった時、
緊張で口の中がカラカラになり、舌がもつれて全く喋れなくなり
その事でパニックになって、完全に我を失ってしまった苦い経験をして
いましたので、実は私はそれ以来、「あがり症対策」をネットで調べ、
アメリカ製のスマートドラッグ「インデラル」をネット通販で買い、
舞台前に飲むようにしています。ドラッグといってもヤバいヤクとか
ではなくて、心拍数の増加を抑える高血圧の薬の一種で、あがり症対策と
しては割とポピュラーなもののようです。
初めて服用した時は冬だったので、それこそ手足が冷たくなるくらい
血の気が引いてドキドキもせず、こりゃあいいやと使っています。
この事はできれば秘密にしたかったのですが、もしこれを読まれた方で
あがり症で悩まれてる方が居られたら救いになるかもしれないと思い、
カミングアウトした次第です。

話が横道にそれましたが、今回、池田の大会も、当然わたしはポケットに
インデラルを忍ばせ、こっそり飲んでました。ところが今回、薬の効き目を上回る
緊張が私を支配しているのか、全く効く気配がありません。それどころか
頭に血が上って降りてこず、軽くめまいまでし始めました。しょうがないので
追加で解熱剤まで飲んで、やっと血の気が引いてきました。
早死にするとしたら、たぶん私は、出番前に脳溢血で死ぬと思います。

もう本当に極限状態でした。体調が悪いといって棄権しようかと真剣に
考えました。その点、同会場の微笑亭さん太さんなんかは、もう余裕で、「あれが
ガラモンだよ」と教えてくれたり、ネタを繰っている某演者に「一之輔
のネタですよね」と一番聞いたらあかんぽい事を質問しています。なんで
こんな、ある意味プロよりプロの噺家である方と同じ舞台なのか。やっぱり
俺は家でエロ動画でも観てれば良かったのかも・・・

でも出番直前、頭の中をざーざースクロールしていたネタ帳や自戒、煩悶、注意事項、
いろんな方からの激励のセリフ、頂いたメールの文章、「まあ出れただけよしとせい」
と現実的なセリフで励ましてくれた嫁はん、賛助に行った時、一番面白いと思ってたところで
思いっきり素の顔で見ていた老人、などの走馬灯がスーッと終演し、真空になりました。
いつの間にか「にげる」のコマンドは無くなり、選べるコマンドは「まんこわ」だけになっていました。
私は心の弾倉に、震える手で弾帯をセットしました。21箇所オリジナルの弾丸が
混ざった、9分30秒連射できる弾帯を。

おい、まめぞう。おまえの なけなしの ゆうきを つかうときが きたようだぞ。

テレビゲーム「mother」の名セリフが頭をよぎったころ、出囃子が鳴りました。


ロックンロール。ぶっ放せ、俺。  (最終回につづく)

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まんこわと私(9)
2013/10/31(Thu)
私はネタ帳をevernoteで書いており、ファイル毎のデータが表示されるのですが、
それでまず比べてみると、

・元住吉はらはら寄席Ver.(約18分)  文字数 6,348
・池田予選Ver.(約9.5分)         文字数 3,778

結果的に、文字数にして約40%減となるまで絞る必要があった訳です。

ただただセンテンスを減らした訳ではなくて、私は今回、(今数えてみると)
自分で考えたギャグ、くすぐりを全部で21箇所、全体にばら撒きました。
単純に追加する形だとその分、長くなってしまうので、旧来のセリフを自分なりに
「こっちの方がおもろい」と思える内容に変更する、いわば
「スクラップ・アンド・ビルド」方式で入れ替えた部分も相当あります。
その上でお話の起承転結(この話の場合は大した起承転結はありませんが)
を崩さないよう、自分なりに注意を払いました。

今回、プロの落語家の「饅頭怖い」は一切聴いてません。真似したくないとか
そういう意識はあまりなく、自分でどこをどうやったら面白くなるか、一時期
朝から晩までそればっかり考えていました。嫁はんからは「また
枝葉を増やすのか」と笑われましたが。

また、私はネタがテキストで目の前に形になっていないと安心できないたちなので、
ネタ帳印刷する→ネタ覚える→ネタ繰る→ネタ帳を赤ペンで修正する→印刷するの
ループを5,6回は繰り返したと思います。
朝、ネタ繰りながら駅まで歩き、朝食をとるモスバーガーでネタ帳をペンで修正し、
会社帰りに駅前のカラオケボックスでネタ繰りを大声でして、携帯で録画した
動画を見て「ここ面白くない、どうしよう」と落ち込み、翌朝モスでひらめいてまた修正、
の繰り返し。加えて時間を10分に収める戦い。削り、ひとこと付け加えて
また時間をストップウォッチで計り。
ようやく最終形になったのは、10月の初旬、本番の約2週間前でした。

不思議なもので、他の演者さんもそうだと思うのですが、絶対10分以内に
なんかなりっこないと思っていたネタが、最後の最後には、もともとそこにあったかの
ように、これ以上変えようのない姿になって目の前に現れてくる。

最後の1週間、もうそれこそ私は祈るような気持ちでネタを繰っていました。

我に力を。言の葉を介してお客様の耳朶を打ち、
我がオモローが全てのお客様と共有されんことを。

10月18日、かなり精神的には、あっちの方へイってしまっている状態で、
私は大阪へ向かいました。(つづく)
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まんこわと私(8)
2013/10/31(Thu)
後から聞くと「どっきり」のつもりで、来舞さんはわざと伏せて、
突然会場に現れたのでした。あーびっくりした。あーびっくりした。
目をまん丸に見開きたい所でしたが、こう目が細いと目じりが裂けてしまいます。
客席に陣取った来舞さんは「マイクがけっこう音拾うから、小拍子は
そっと置く程度でええ」等、具体的なアドバイスを下さいます。

その日は、社会人落語の先輩である容旦さん、風林火山さん、小遊さんも
お越しになってくれました。それから地元のお年寄りがぎっしり。
本当にありがたいことです。自分がやる側に廻ると、わざわざ観に来て
くださるお客さんが本当にありがたいです。

池田の本番前、落語大学の先輩の乱坊さんからこういう趣旨のメールをもらいました。

 「演者は、その寄席が有料であろうと無料であろうと、演じる時間×お越しになった
  お客様の人数分、の時空の責任を負う訳だから、演者は最大限、力を尽くして、事に
  あたらねばならん」

乱坊さんのテキストはいつも薫陶、啓蒙、自戒、そして発奮に満ちています。
ハムラビ法典並みの含蓄とボリュームがありますので、是非読んで下さい。

話が横道にそれましたが、元住吉のぎっしりのお客さんの前で、私は「饅頭怖いver1.0」
を無事リリースしました。
ただ、初めて人前でやったこともあり、どうも独りよがりな部分もあるように思えて
私はすぐに修正に取り掛かります。
寄席の翌日、来舞さんから電話を貰い、20分以上、ネタについての批評をしてもらいました。
仕事でもそうですが、もうこの年になると、あまり人から意見をしてもらえなくなる中、
真剣に批評をしてもらえるというのは、本当にありがたいことです。

それと、小遊さんにいつだったか、「ちょっとヒネろうとするあまり、ひねって
ひねって、中心がずれてる時があるわよね」といわれた事も妙に引っかかっていました。
恐らく独りよがりの部分というのが、そういう部分なんじゃないかな、と気付き、なるべくお客さん
目線で、自分のネタを客観的に見ることを心がけつつ、10分のネタ作りを始めました。

いまから思い返すと、ここからが、今回のまんこわの胸突き八丁でした。

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まんこわと私(7)
2013/10/30(Wed)
さて、いよいよネタをどうしたか、ですが、ベースは落語大学でやっている「饅頭怖い」
のネタ帳です。元は桂米朝師匠のネタから来ている筈。

このネタは、上方落語では、というか、自分の居た落語大学では、扱いが微妙なネタで、
「途中にある怪談っぽい「聴かせる」くだりがあるので、中トリが取れるクラスのネタである」
みたいに定義づけされています。(と思ってるのですが思い込みでしょうか?)

ただ、これはどう考えても後付けの理由で、このくだりと、米朝師匠がやっている、狐に化かされる
くだり、この2つを抜いてしまうと、4コママンガみたいな単純な話になってしまうのです。
もちろん、私は最初から、この2つのじっくり聴かせる大きなブロックを2つ、ぶっこぬいて
捨てました。

すると「饅頭怖い」は、次のような単純な小噺に戻ります。

①好きなものを尋ねる
②嫌いなものを尋ねる
③みっつぁん登場→皆で饅頭投げに行く→だまし返される

なんとまあ、4コマにも満たない、3コマ漫画です。
しかも、(米朝師匠が「米朝落語全集」にも書いていますが)この話は、特にきっちり人物分け
する必要もなく、2,3パターンで次から次に人物を登場させれば良い。
しかも①②は細かいくすぐりの連続で改造もしやすい。結果から言うと
私は10分落語用に、自分の適性(人物、感情表現が下手で小ギャグ好き)に一番合った
ネタを、無意識に選んでいたのかもしれません。ひょっとしたら天才かもしれません。

まず、短くすることはあまり考えず、けれど自分で考えたくすぐりはいろいろ
放り込んで、結果的に18分くらいのネタに仕上げて、元住吉の「はらはら寄席」に挑みました。
待ち合わせの神奈川は元住吉の駅で、他の人を待っていると、大阪の来舞さんからメールが
届きました。「おまえきょう舞台らしいな、がんばれ」
返事を書いているとてまり姐さんからもメール。不思議とタイミングってかぶるもんだなあ。

集合後、着替えたり段取りを話したりとバタバタしていると、玄関から物音。
もうお客さん来はったんかいな、と玄関ホールに出ると、てまり姐さんが妙にニヤニヤして
立っていました。いつもすいませんてまりさん、それに来舞さ・・・・来舞さん?

大阪にいるはずの来舞さんが、なぜか玄関に立っていました。(つづく)


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まんこわと私(6)
2013/10/30(Wed)
次のネタを「饅頭怖い」にする事は、考えに考え抜いて、いくつもの候補から選んだ
訳でもなく、ただ単に、大学を卒業して2年目くらいに、一回だけ遊びで覚えてやった
ことがあることが理由です。なんせ嫁はんにいつも呆れられていますが、僕は
恐ろしくネタ覚えが悪いので、少しでも記憶が断片で残っていればなあ、とすがる
ような気持ちで漠然と「じゃあ次はまんこわにすっかなあ」という感じで選びました。
まあ格好つけてもしょうがないので、本当のことを書いときます。

4月、最後の阿弥陀池の舞台を終えてから、半年で池田の大会。
幸い、8月に舞歌さんから元住吉での寄席に出ないか、とお話を頂いていたので
8月の寄席で一旦完成させ、そこから10分に短縮して池田に出よう、と
ざっくりした計画を立てました。年に何十席もこなす売れっ子の社会人落語家さんに
比べれば、もう笑ってしまうくらいのスローペースです。

その頃も、相変わらずあちこちの寄席に顔を出しまくっては舞台を拝見して廻りました。
皆さん本当に上手で、バンバン笑いも取るし、えっ先週と違うネタやがな、いったい
この人はいつネタ繰ってるねん、それに比べて自分は・・・と、他人と自分を比較しては焦り、
落ち込んでばかりの毎日。
そんな時、facebookでこんな言葉に出逢いました。

他人と比べる前に、昨日の自分と比べることを楽しみたい。
だって他人に優っても、他人がほめてくれても、結局自分で
納得できなければ、何の意味もないのだから。(真矢みき:女優)


これを読んで妙に楽になりました。そうだよな。だから、今からやる
まんこわが、阿弥陀池より面白けりゃいいんだ。自分が納得づくで面白い
と思えるまんこわをやろう。

この、真矢みき先生の言葉と、以前から心に留めていた以下の言葉、
その2つをこころに並べて、私はまんこわと真剣に取り組むことになります。


きょうの俺は、きのうの俺よりも面白くなければならない (宮藤官九郎)


(つづく)
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まんこわと私(5)
2013/10/26(Sat)
まんこわの話に入る前に、ちょっと脱線。
社会人落語の世界に飛び込むため、私は東京単身赴任/名古屋在住という二重生活を活かし、
もう、全国の社会人落語を徹底的にベンチマークしてやろうと考え、ありとあらゆる寄席
に顔を出し、打ち上げに参加しミクシィでマイミク申請し、と、知り合いを増やしに増やしました。
お知り合いになった方々は本当にかけがえのない、私の大先輩でありますし、これからも
末永くお付き合いさせて頂きたいと思ってます。
その中で、この1年半で観た、社会人落語の中で特に記憶に残っているものを簡単に。
(これだけで本当にいくらでも書けるのですが、ガマンして。ごく一部は音源・映像で・・
本来あったらマズいのもあるので、どれかは伏せます)


-1 微笑亭さん太さん「三者面談」   *豊橋天狗連月例寄席

-2 竜宮亭無眠さん「振り込め!」   *第40回全日本社会人落語選手権
                     グランドチャンピオン大会

-3 酔亭化枝さん「ねずみ」      *さん太・無眠・化枝タメの会

-4 南遊亭栄歌さん「口入屋」     *津島マラソン寄席

-5 鹿鳴家春木さん「樽の中」     *ひよしや寄席

-6 久伊豆亭駄咲さん「天使と悪魔」  *あたらし寄席

-7 参遊亭小遊さん「羽根つき日和」  *菊名で落語を楽しむ会

-8 千壱夜舞歌さん「茶漬幽霊」    *寄席ぼんじゅう亭

-9 喜楽亭笑吉さん「松山鏡」     *あたらし寄席

-10 参遊亭遊若さん「たがや」    *ほっと越谷寄席

-11 鹿鳴家安芸さん「強情灸」    *ほっと越谷寄席

-12 道落亭かね平さん「3本のビデオ」*図書館寄席(鹿島)三題噺競演会

-13 火災亭珍歌さん「消防寿下無」  *第40回全日本社会人落語選手権
                     グランドチャンピオン大会

-14 二松亭風林火山さん「明烏」   *第一回落語莫迦四人衆

-15 二松亭ちゃん平さん「粗忽長屋」 *きっすい寄席

-16 金河岸亭とも助さん「豆屋」   *第4回社会人落語日本一決定戦決勝

-17 千里家圓九さん「そってん芝居」 *第39回全日本社会人落語選手権

-18 浪漫亭来舞さん「だんじり狸」  *風庵寄席

-19 表現舎乱坊さん「高津の富」   *風庵寄席


猿之助さんとか、大阪組がまだ全然観れてないのですが、とにかく移動できる名古屋・東京で
暇さえあれば社会人の寄席を観まくりました。古典あり、創作あり。みな自分のネタに
思いのたけをぶち込んでやってはるなと、爆笑したり背筋が寒くなったり。やはり自分の所属
する会以外に積極的に関わっておられる方は面白いです。タフっちゅうか。

じゃあ何の気無しに選んだ「まんこわ」をどうやったか、ちゅいますと。(つづく)
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まんこわと私(4)
2013/10/26(Sat)
1994年初旬の卒業公演で「阿弥陀池」を演り、「面白かった」という評価を
受けて卒業し、卒業したその年に、何度か関大前などでその阿弥陀池をやった時は
引退公演以上に大ウケ・・・と、「阿弥陀池」は長い間、自分自身の心の拠り所
でした。なので、てまり姐さんから「ネタは何する」と聞かれた時、他に選択肢
はありませんでした。まあ、5ヶ月あるし、なんとかなるだろう・・・

この「なんとかなるだろう」が、全く何ともならなかったのが、翌年1月。
満を持して出演させて頂いた「菊名で落語を楽しむ会」最終回です。

もちろん、私は今回の池田に比べ、勝らずとも劣らないほどネタを繰り、ネタを入れ替え
リフレッシュした、自分としては最新型のネタで挑んだつもりでした。

事前からツイッターやミクシィで大騒ぎし、会社の同僚や古い友人も、合わせて
20人以上が菊名に押しかけてくれ、客席は「楽しむ会」で最多の集客数だったと思います。

阿弥陀池 豆蔵
代書屋  やん愚
子は鎹  笑鬼

まあ最後まで高座をどうにか努めましたが、自分としては最悪の出来でした。
局地的に小規模な笑いはあったものの、あとでビデオを観返していると、平蔵ちゃんから
「スカ笑いだね」と言われ、観に来てくれた気の置けない会社の後輩からは
「よくあんなので人を呼びましたね」と(本当)。全部当っているので何も言えません。
でも時々、そうやって言いにくい事を言ってくれる人が居たので助かった面はあります。

その後何回か寄席に出して頂き、阿弥陀池をかけましたが、まあかなり改善はした
ものの、「よっしゃこれでいける」と自分で確信を持てる所には正直至りませんでした。
そんな私に、コンスタントに出番を与えてくれた舞歌さん、てまり姐さん、そして
楽語の会の無眠さんにはたぶん、死ぬまで頭が上がらないと思います。
社会人落語に参加し始めたはいいものの、どうにもしっくりこないまま
半年以上が経過していました。

私は内心、かなり焦っていました。学生時代、「大喜利では面白いけど、落語は大して
面白くない豆蔵さん」を脱却するため、起死回生で挑んでそれなりの成果を得た「阿弥陀池」
が、今や私に重荷になっていました。重荷になっていることに気付いているのに、過去
のちっぽけな成功体験が私を縛っていました。このまま行くと今度は「打ち上げや
ミクシィでは面白いのに、実際の落語は大して面白くない豆蔵」で終わってしまう。
どうにかせんと。

4月、阿弥陀池では一番上出来で終わった、元住吉のワインバー寄席。ふう、何とか
なったな、という消極的な自己満足と共に「このネタはもう置いとこう」とやっと
思えるようになっていました。「このネタじゃないとダメなんだ」という幻想から、やっと
脱出できた瞬間でもあったのです。
すると、いつも絶妙なタイミングで私を追い込んでくるてまり姐さん(この人については
後で詳述します)が「そういやあんた、池田はどうすんの」と聞いてきました。
私はその時、まったく勝算も打算もなく返事しました。

「まんこわで応募します」  (つづく)
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まんこわと私(3)
2013/10/24(Thu)
2012年8月26日。
菊名の寄席、2回目を観に行きました。

関大亭笑鬼「ちりとてちん」
浪漫亭来舞「恐妻」
若木家元翁「阿武松」

-その時は良く知らなかったのだが、元翁さんという方は
 関東の社会人落語ではえらい重鎮らしい。そんな人をさらっと
 呼んでくる席亭のてまりさんのお陰で、この全5回の菊名寄席で、
 私は春木さん、舞歌さん、小遊さん、無眠さん、傳右衛門さんといった
 今でもお付き合いさせて頂いている方々と初めて出会うことになります。
 今から思うと、この1年5回限りでやっておられた「菊名で落語を
 楽しむ会」から、社会人落語に親しんだ事は、自分にとって凄く
 有益だったと思ってます。
 なぜかというと、特定メンバーの会だと、それはそれで良いのですが
 どうしてもカラーが固まってしまう。
 最初なので、いろんな人のいろんな落語を見られた事は大変に大きかったのです。

菊名の2回目を聴いて、自分の中で、「俺もちょっとやってみたいな」
という想いが出てきましたが、それに当然付随する苦労に、まだ私は
しり込みしていました。

その日の打ち上げで、来舞さんはやはり、僕に落語をする事を迫りました。
まわりのみんなも「わーわーやれやれ」と無責任にも囃したててくる。お前ら殺すぞ。
それでも曖昧な顔をして、返事を渋っていると、来舞さんの顔から笑顔が消えていました。

「豆蔵、君は落語大学のOBなんだから落語をやりなさい。やりなさい。やりなさい。
 俺も最初は渋ってたけど、いざやり始めると他の事にも絶対いい影響が出る。いいからやりなさい」

来舞さんの真剣な話を僕は呆けたような顔をして聞いていました。
何となく、最終電車がホームに来て、発車のベルが鳴り、ドアが
閉まりかけているように思えました。
いま乗らないと、もう2度とこの、ええとこ連れてってくれる
電車は来ないかもしれない。


「わかりました、やります」


気がつくとそう返事していました。



えらいことになったなあ、と放心してビールを飲んでいると、てまり姐さんが
にやにやしながら聞いてきました。

「まめぞう、あんたがんばりやー。で、ネタは何すんの。」

「えっと・・・阿弥陀池で。」



この、あまりにも安直なネタ選びが、その後1年以上
自分を苦しめることになります。(つづく)


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まんこわと私(2)
2013/10/23(Wed)
2012年6月23日、土曜。

浦安から若干遠いなあと思いながら(当時はまだそんな事を思っていた)、
私はメトロと東横線を乗り継ぎ、菊名地区センターに向かいました。

懐かしい来舞さん、そして大先輩の笑鬼さんにお会いできたのは嬉しかったのですが、
開演まで、まだ私は斜に構えていました。社会人落語なんて。どうせ年寄りの冷や水だろう。

でも寄席が始まってすぐ、そんな気持ちは微塵も無くなりました。
当時のブログから転載。

きのう十数年ぶりに、生の落語、しかも落語大学OBの方の落語を見た。
来舞さんの「くやみ」と笑鬼さんの「住吉駕籠」。
もうお二人とも、まず、マクラからお客さんの巻き込み方が半端ない。
完全に温度を舞台、客席おんなじにしてからネタに入ってはる。
そしてネタ。完全に持っていかれた。演者が消えた。
落語ってこんなに面白かったっけ。学生落語とは又違う。


単身赴任が3年目になり、私の寮での私生活は半ばネット漬けだったため、
目の前で演じられる社会人落語はやたらと生々しく、躍動感に満ち満ちていました。

一番手で春木さんが非常に分かりやすく、落語のレクチャー半分で「つる」を
やっておられたのも印象に残ってます。



寄席がはねた後、私は思わず来舞さんにこう言っていました。

 「着物、たたませて下さい」

落研の時、先輩の着物を畳むのは、後輩の仕事でした。
ええて、そんなん、今の子はもうせえへんで、という来舞さんから、半ば無理やり
奪うようにして、私は来舞さんの着物を手にしました。後輩ならば皆知っている、
来舞さんの粋な柄入りの、真紅の着物です。

その紅の着物は、手にしてみるとわかりましたが、歴戦の舞台を飾ってきた
戦闘服のように、若干くたびれ、すこしほつれもしていました。
けど、だから余計に、その着物からは、明らかに舞台の躍動感が、
手を通じて伝わってきました。
ネットで少々面白いことを書いて、悦に入るだけの生活をしていた自分が、
なぜかとても小さく色あせて感じられ、胸が痛みました。



打ち上げの事は良く憶えていませんが、「おまえもやったらどないや」と
強く誘って頂いたのにも関わらず、私は「いやー無理ッス!無理ッスよォー!」と
10数年の営業マン生活で学んだ、安っぽい危険回避を弄して逃げ回っていました。
正直自分には無理だと思っていました。落語を?また憶えて?また人前でやる?
無理。無理無理無理。

そんな軟弱者が、腹を決めたのは、その2ヵ月後、菊名の寄席2回目の
打ち上げの席での、ある来舞さんの一言でした。(つづく)
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