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趣味は読書と映画鑑賞と音楽鑑賞です。地味で悪かったな。
2008/07/10(Thu)
映画「ノー・カントリー」と「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」を観た。
どちらも圧倒的な重量感の暴力に満ちた描写が多く、GWに
見に行った「ノー・カントリー」なんかは、最後まで緊張しすぎで
観終わった時、胃が痛くて吐きそうになった。
どっちも主題や描く世界は違うんだけど、やっぱ昨今の世界の
閉塞感とか、未来の展望が見えない焦燥感が、こういう映画作り
に駆り立ててんじゃないかなあと思った。

どちらもおすすめ。まだどっちもDVDは出てません。

こんな映画ばっか観てるせいか、どうも最近ふさぎがち。
おもしろブログが書けない。もうやめようか、とも思うが続ける。



本:

松本仁一 「アフリカを食べる」
松本仁一 「アフリカで寝る」

著者は朝日新聞の元ナイロビ支局長。
食べる、寝るといった日常に根ざした切り口から
アフリカの「いま」を描く。めちゃくちゃ面白い。

川上弘美 「蛇を踏む」
穂村弘 「短歌の友人」 歌壇の旗手による現代短歌評論。
コーマック・マッカーシー 「血と暴力の国」 映画「ノー・カントリー」の原作。
テリー・サザーン 「キャンディ」 発表当時は発禁騒ぎになった幻のポルノまがい
                    小説、だそうだが、どうも外国のエロは肌に合わん。
                    湿度が低すぎる。途中で放り出す。

DVD:

「泳ぐひと」 ’60年代のニュー・アメリカン・シネマの傑作。なかなかめぐり会えず
        ツタヤの宅配レンタルでやっと観れた。
        このシステムはじっくりと見たい映画を厳選できるし店頭にあまり置いてない
        映画もかなりの確率で扱っているので非常に便利。

「パットン大戦車軍団」 途中で観るのをやめて返す。
              「プライベート・ライアン」以来、戦争映画の及第点がガタ上がりして
               昔の戦争映画はかったるくて見てられない。

「セクレタリー」 主演のマギー・ギレンホールが場面によってめちゃ魅力的に見えたり
          とんでもなくブサイクに見えたりで、一体どっちなんだと考えながら
          観ていたら終わってしまった。落研の先輩のもみじさんに激似。

「ブラッド・ダイヤモンド」 ディカプリオの演技が大味で興ざめ。
               天才子役の頃の輝きはもう戻らないのかしらん。

CD:

locofrank [ Shared Time ]
Speedmeter [ This Is Speedmeter Featuring The Speedettes ]
Lee Morgan [ The Sidewinder ]
LOVE PSYCHEDELICO [ LOVE PSYCHEDELICO III ]
The White Stripes [ Icky Thump ]


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本棚の一角は赤い背表紙が今も占領
2007/11/29(Thu)
ふと何かの拍子に、昔読んだ短編小説が気になってしょうがなくなり、
本棚をひっかき回して再読する事がありますが、先日、筒井康隆の短編「鍵」の
ラストシーンを突然、風呂の中で思いだして猛烈に読みたくなり、
パンツもはかずに本棚の筒井康隆ライブラリーを探したが見当たらず、
あきらめられずに翌日、パンツもはかずに本屋へ。
たしか「バブリング創世記」って短編集に収録されてた記憶があるのだが。
ないなーないなー、ないないなーと笑い飯のようにつぶやきながら探していると、
自選短編集・ホラー編に、トリを飾る作品として収録されていた。

短い話だからすぐネタバレになるので、詳細は書かないけど、
いわゆるホラー的なアイテム(霊、怨念、超常現象など)は一切出てこない。
売れっ子ルポライターの「おれ」が、ふとした事から始まった、
鍵にまつわる過去への連鎖。そして、とうとう、自ら封印してきた
「あの事」に行き着いてしまう・・・
読んだことない方は是非。

筒井康隆をひたすらオモシレーと思って読んでた中高生の頃は、
そのアイデアの突飛さ、エロさ、疾走感がたまらんかったけど、
今になって読み返すと、その文学としての完成度の高さにうなってしまう。
確信犯なのだ、全てにおいて。

それにしても、「わたしはチンコをだした」の筒井氏の表現、

「おれはペニスをまろび出させた」

は、そろそろ広辞苑に登録してもいいくらいの
すぐれた文学的表現だと思います。

そして、本日のブログで、女性読者諸姉に性的な記述で
不愉快な思いをさせてしまった事、深くお詫び申し上げます。
(まろび出させたまま一礼)

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人々のかたち
2007/11/06(Tue)
まえまえから、女性の手による硬質な文章が好き、なのですが、
この度初めて読んだ、塩野七生には完全にノックアウトされた。
「ローマ人の物語」はハードルが高すぎるので、親しみやすそうな
映画エッセイ「人々のかたち」を読んだのだが、実に含蓄に
富んでいて面白い。引用したくなる一文多し。

  「・・・観る者をシラケさせない程度の誇張が、創作には
   不可欠というわけだ。言い換えれば、真実の現実ではない
   かもしれないが、真実の現実であってもけっしておかしく
   ない嘘、である。」

  「熱演するよりも、熱演しないことのほうが
   ずっとむずかしいのだ。」

  「優れた創作者はけっして、簡単に一刀両断できるような
   人間を描かない。なぜなら人間は、互いに矛盾する両面を
   合わせ持つのが普通で、そういうアンビバレンスを描ききって
   はじめて、人間が描けている、ということになるからである。」

  (映画監督フェリーニの発言)
  「自分のやりたいことをやりたいように作るのは、少しもむずかしい
   ことではない。むずかしいのは、やりたいことをやりたいように
   作りながら、それをコマーシャル・ベースに乗せることだ」



映画好き、ひいては舞台、落語、小説など、表現すべてに通じる批評が多くて
ためになる。かしこさが3あがった気がした。
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本谷有希子 「生きてるだけで、愛。」
2007/03/14(Wed)
前々から本谷有希子には注目していたが、ううーむ。
この最新作「生きてるだけで、愛。」の切れ味はなんなんだ。
すげえ。

このエキセントリックな物語を通じて、つきつけられるのは
男女の恋愛関係の、どうしようもなさ、である。
主人公の女は、もう、マジでどうしようもない女なのだが、
さらに、恋人に向かって言い放つ。

「振り回すから。お願いだから楽しないでよ」

愛とは相手を受け容れることだ、とはよく言ったものである。

中途半端な成長物語に仕立て上げず、恋愛感情のコアな部分に
フォーカスしたのが成功してます。
おすすめです。第135回芥川賞候補作。

写真を拝借しようとしてAmazonの本作のレビューページを見たら、
すごくいいこと書いてあったので、勝手に拝借。すいません。

世界の中心で愛を叫ぼうが。
今会いに来られようが。
そんな事は道端の小石程に価値が無いのです。
この腐った世の中で
僕らのような腐った男と女が
腐りきった恋愛を繰り返す。
それだけの事だ。


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青山七恵「ひとり日和」
2007/02/21(Wed)
芥川賞受賞作「ひとり日和」を、掲載誌(文藝春秋)を買って読んだ。

淡々とした描写が大半を占め、最初はすこし単調に感じるが、
主人公の、葛藤から自立へと心理的に立ち上がっていく様、
ときおり挿入される、大きな振幅の感情の表現の仕方
(ひさびさに本読んで鳥肌が立った)、
効果的に導入された、象徴としての、電車の駅と自宅の視点移動。
村上龍も、賞の講評で言ってたが、主人公に、すんなり同化して読める。
僕は、けっこう、というかかなり、情緒的な人間なので、
こういう小説にはすごくシンクロしてしまうのである。

おすすめです。Amazonその他の読者評では賛否両論ですが。


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最近の読書
2006/11/19(Sun)
村上龍 「愛と幻想のファシズム

を、数年ぶりに読み返した。
面白い、面白いんだが、結局この人は、
「コインロッカー・ベイビーズ」を越える作品は
二度と書けないんじゃないのか、と思った。
情念の薄まった分を、情報量で水増しして
帳尻合わせしているように見えて、仕方がない。



阿満利麿「日本人はなぜ無宗教なのか」もやっとこさ読了。

宗教に対してはまったく無頓着で、
ただこのままずっと無頓着のままでええのか、
という漠然とした不安もあり、そんな中で手にとった一冊。
現代人の宗教観のルーツが、明治政府による、
天皇を中心としたイデオロギー作り、
神道の事実上の国教化、批判回避のための神道非宗教化による、
言わば、思想誘導に基づくものであり、それによって
古来の自然崇拝の伝統は失われてしまっているのでR。
なーんてことはハイスクールじゃ教えてくんなかったぜ。
まったく、自分で勉強するって大切だ。
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「ジョゼと虎と魚たち」
2006/11/11(Sat)
 夜、筋トレをすると、脳内にアドレナリンが分泌されるからか、
興奮してなかなか寝付けない。だから本棚の本をパラパラめくって読み返し、
じっと眠くなるのを待つのである。
 それで今、田辺聖子「ジョゼと荒と魚たち」を手にとり、拾い読みをしている。

(以下、ネタバレありです)

主人公のジョゼが動物園に虎を見に行くシーン。何度読んでも、胸が締め付けられる。
身障者のジョゼは生まれて初めて、動物園で虎を見る。
「夢に見そうに怖い・・・」「そんなに怖いんやったら、何で見たいねん」と問われて、
ジョゼはこう答える。

  「一ばん怖いものを見たかったんや。好きな男の人が出来たときに。
   怖うてもすがれるから。・・・そんな人が出来たら虎見たい、と思てた。
   もし出来へんかったら一生、ほんものの虎は見られへん、
   それでもしょうない、思うてたんや」


・・・この、こわれもののように、はかなくピュアなもの。この本に中高生で出会っていたら、
このシーンで間違いなく泣いていたに違いありませんよ。

「まめぞう文庫の100冊」に、必ず入っている一冊であります。
映画版、ジョゼ役の池脇千鶴も最高。主題歌の、くるり「ハイウェイ」も最高。
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2006/11/03(Fri)
休日出勤した勢いで本屋へ。本とマンガを買い込む。

マンガ:
真鍋昌平「闇金ウシジマくん」5巻
松本次郎「フリージア」6.7巻
安野モヨコ「働きマン」3巻

本:
ポール・オースター「シティ・オブ・グラス」
本谷有希子「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」


 机の上には、村上龍「愛と幻想のファシズム」、阿満利麿「日本人はなぜ無宗教なのか」が読みかけ。
 ええ年こいてマンガ読んでる場合か?はい、読んでる場合です。きょうだって「バガボンド」と「シグルイ」と「万祝」はあきらめて帰ってきたんだもの。
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最近読んだ本
2006/06/25(Sun)
村上龍「どこにでもある場所とどこにもいないわたし」

内容はたいした事なかったが、後書きでいい事言っていた。曰く、
「自分が若かった頃のような右肩上がりの時代に、
 反体制的な小説を書くのは時代の要請であり、小説の使命だった。
 今のような時代でむしろ描かなければいけないのは、希望である」

山本甲士「かび」

嫁はんが図書館で借りてきたのを又借りして読んだ。
とにかくどうしようもなくやな奴が続々出てくる小説。
主人公も最初普通の主婦だったのに、どんどん復讐というか
悪意の権化と化してくる。ストーリーも全く救いのない結末。
後味最悪だが他の作品も読みたくなる筆力はすごい。

藤原正彦「国家の品格」

さすが100万部売れてるだけあって、時代をリードする発言多々。
愛国問題に関しては、こないだ文藝春秋読んでたら、ほとんど同じ趣旨のことを
石原慎太郎が言ってた。
「愛国教育の前に歴史の教育が必要。知りもしないものを愛せるわけがない」
「小学校で英語を学ぶ暇があったら国語を勉強しろ」
「国際人とは英語がしゃべれる人のことではなくその国の文化を背負って
外国と接することができる人である」

養老孟司「死の壁」

やっぱ死ぬことって、あんまり考えても始まらないのねって事が良く分かりました。

ほしよりこ「きょうの猫村さん 1,2」

これまた嫁はんが友達から借りてきた。
絵が下手なマンガってどっちかというと受け付けない、というか、お金出して買う気にならないのだが、猫村さんはその下手な絵でゆるい空気をうまく絵につなぎとめていて、そこら辺が受けるんじゃろうなあと思った。

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作家・桐野夏生の「熱量」
2006/06/19(Mon)
小説に限らず、こと芸術作品を生み出すに当たっては、作者は、初期にあってはその情動、思いのたけをけっこうノンコントロールで作品にぶつけて来、結果、荒削りだが生命感溢れる作品が生まれがちである。ところが作を経るにつれ、作者も、その初期衝動は薄れ、薄まってきた情動、想像力をテクニックや情報量で補おうとし始める。「ほとばしっていた」ころのテンションをキープしようとして、あの手この手で悪戦苦闘し始めるのが、まあ、お大抵な作家さんである。

 ところが作家・桐野夏生の場合はちょっと違う。文学賞を軒並みかっさらい、文壇で確固たる地位を築いた頃よりもむしろその後、たとえば「I’m sorry,Mama」等の最近の作品のほうが、ボルテージが明らかに高い。作を重ね、繰り出してくるコトバの正確さやストロークの確かさが、明らかに研ぎ澄まされてきている。この人の一番得意な描写は、悪意を持って毒づく独白。そう、桐野夏生は怒っているのだ、五十代とは思えない、とてつもない熱量で。繰り出してくる言葉は、研ぎ澄まされたナイフ、というよりは、当たると骨まで砕けそうな鈍器のようだ。読んでいて、顔面に向かって金属バットをフルスイングされるような錯覚。その衝撃で、普段自分を取り巻くあやふやなベール、人間関係でクッションのつもりにしてきたオブラートを引っぺがされる。おい、お前も怒ってんだろ?言いたいこと言ってみろよ。そして首まで使っていたぬるま湯の容器を叩き割られ、肌寒い「外」に無理やり対峙させられるのだ。ああ寒い。ぬるま湯に戻してくれ。しかし程なくして、さっきまで、まあ快適に過ごしていたような気がしていたのは、じつは狸に化かされて、肥溜めに肩まで浸かり、震えながら念仏を唱えていただけ、であることに気づかされるのである。しっかりしろよ、もう少しでやられちまうとこだったぜ。かくして桐野作品は、僕にとって、下らん日常に埋没しかけた自分を覚醒させる起爆剤であり、もう一度たたかいを挑むために打ち鳴らされるゴングなのである。



社内報に載せてもらうつもりで、けっこう気合入れて書いてみた。
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