Category「阿弥陀池」と私 1/2

「阿弥陀池」と私 (12)

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これで、「阿弥陀池」の話はおしまいです。こんな長ったらしい話を最後まで読んでくれた方!ほんとうにありがとうございました。卒業して10年以上経つのに、書き始めると止まらなかった。とにかくこのときの絶望感、焦燥感、選択と集中、達成感、その他ごちゃまぜになったジェットコースター体験をとにかく記録しておきたかったのだ。 あれから13年たった。冷静に振り返り、なるたけ客観的に自分を見て書いたつもりだ。そこで...

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「阿弥陀池」と私 (11)

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 来舞さんはいわゆる「ミスター落語大学」みたいな人で、落語大学の精神性をそのまま体現したような人であり、いわゆる「落語大学的なもの」を語らせたら日本一だった。自分でも物凄い落語をする人で、いつかはあの人みたいな舞台をやってみたい、と思わせる、現役からしたら雲の上の人物のひとりである。いつでもビールを飲みながら、昔の落語大学の話、落語そのものの話をしてくれた。延々と話を聴きながら、でもそういうシチュ...

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「阿弥陀池」と私 (10)

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 僕たちの引退公演は、企画部長だったぴいちの打ち出した方針を尊重し、落語と爆笑タイム(下級生によるコント)だけに絞った、シンプルな寄席になった。演者は、皆すばらしい舞台を見せた。ぴいちの「花筏」、歌麿の「稽古屋」、いろはの「夢八」、そしてぺぷ志の「ぬけ雀」。どれもこれも本当にいい舞台だった。  そして僕の「阿弥陀池」は、自分で言うのもおこがましいが、大成功だった。自分で仕込んだネタはあらかた成功し...

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中入り

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先日来、書きなぐっております 「 『阿弥陀池』と私 」。こんな昔の話、しかも極私的な内容で、笑うところも皆無で皆さんに申し訳ないなあ、と思いながら書き始めたのですが、いままで意図的に落語大学のことはブログで触れないようにしてきた反動もあって、当初自分で考えていたより、はるかに細かいところまで、記憶を掘り起こして書いてしまいました。しかも、まだ終わりません。「忠臣蔵」でいったら、やっと討入りの場面。...

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「阿弥陀池」と私 (9)

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 吹田メイシアター、小ホール。キャパはそんなに多くないが、客席がステージを中心に扇形に広がり、落語は凄くやりやすい、と、他の部員から聞いていた。なんせ、僕は学外公演の演者選びからは外れっぱなしで、すねかじりはおろか、恥ずかしながらメイシアター小ホールでさえ、出たことがなかったのだ。 開口一番(前座)の1回生の萬坊が、「江戸荒物」を演じて会場を暖める。引退公演のお客は、演者の知り合いがほとんどなので...

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「阿弥陀池」と私 (8)

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 自分がやっていることの根本的な不安はあったものの、ただ、ネタが完成し始めた寄席直前段階では、これはもう、絶対にバカ受けするわ、と妙に自信を持っていた。落語大学史上、かつてありえないほどのオリジナル・ギャグを満載した「阿弥陀池」が姿を現していた。自分でやってて、面白くてしょうがなかった。新しいギャグをネタに入れるかどうかの最終的な判断基準は「自分で面白いと思うかどうか」で、かつ、なるべく冷静に、自...

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「阿弥陀池」と私 (7)

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(関西大学落語大学 第二十八期生引退公演 パンフレットより抜粋)「阿弥陀池」と私                            関大亭豆蔵 落語にはいろいろな人物が出てきますが、私にとって「アホの喜六」ほど魅力のある人物はいません。喜六は上方落語においてもっともポピュラーな人物ですが、無知、不作法、粗忽、臆病、好色、うぬぼれ、見栄、強情、嘘つき、厚顔、エゴイズム、強欲など、およそ考えられる...

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「阿弥陀池」と私 (6)

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それでも、僕はビビッていた。こんなことやってホントにいいんだろうか。落大の名簿から抹消されて、OB仲間から省かれるんとちゃうやろか。今から思えば、明らかに考えすぎだが、そう考えてもおかしくないくらい、当時の落語大学の、全体をしばるイデオロギーみたいなもんは強力だったのだ。 そして、「鑑賞会」の日がやってきた。鑑賞会というのは、寄席本番の前に、上回生の落語を皆で鑑賞しましょう、といった、身内のお披露...

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「阿弥陀池」と私 (5)

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最後の、一世一代の大勝負にかけるネタはどうするか。ふつう引退公演は、それまでの集大成として、「いつかはやってみたいと思っていた」かなりの大ネタを、多少背伸びしてでも掛けるのが一般的だったように思う。しかし僕は前述のように、ひとり奇妙なたくらみを膨らませていたので、ネタ選びの基準は「今の自分で、最大限笑いが取れるネタはどれか。ネタそのものが面白くて、ギャグがアレンジしやすいかどうか。」だった。ネタ選...

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「阿弥陀池」と私 (4)

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当時、落語大学において、人物、感情至上主義は絶対だった。今から振り返って考えれば、いささか妄信的に祭り上げられていた。体育会同然の厳しい上下関係を構築していた当時の部内の雰囲気と、なぜか妙に相性が良かったようにも思える。そして、ストイックさを追求するあまり、厳しさが前のめりになって、必要以上の緊張感を生み出してしまっていた嫌いもあった。そして、とんだお門違いではあるが、自分がその方針の中で、上手く...

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