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まんこわと私(1)
2013/10/22(Tue)
池田の大会が終わりましたので、久し振りに長文ブログを書いてみようと思い立ちました。
近頃ツイッターの文字数に収める事に血道を上げていたし、熱が醒めないうちに記録
しておきたいという気持ちもあり。
賞を取ったり、別に決勝に残ったわけでもないのに、何を大層な、と思われそうですが、
今回の池田の大会への挑戦は、私にとってはどえらいハードルが高いものだったのです。
メチャメチャ苦労しましたがそのかわり、得るものもメチャメチャ大きかった。
卒業来やっていなかった落語を再度やり始めたところから、おとといの
池田までの事を、何回かに分けて書いてみたいと思います。


大学の時、私は落語大学という関西大学の落研にいました。

そこでは全く芽が出ず、最後にプッと最後ッ屁でいじり倒した「阿弥陀池」が
まあ面白かったということで大いに満足し(そのあたりの葛藤は拙ブログの「阿弥陀池と私
に詳しい)、その後はなんにもせずに、ただの40がらみの丸刈りのおっさんとして
酸素を吸ったり二酸化炭素を吐いたり、光合成をしたりして生きてきたのであります。
卒業してまあ人並みに、就職して結婚して転勤になって子供が出来てマンション買って
3年目に東京単身赴任、と「サラリーマンすごろく」のフォーマット通りみたいな十数年。
まあ色々ありましたが、

ここで言いたいのは「落語的には何も無かった」という事です。

社会人落語には一切接触しなかったし、自分でやることもありませんでした。
それはなぜかというと、「阿弥陀池と私」でも書いたように、自分の中で、素人落語は恐らく
学生落語が最高であり、あれだけの熱意をもって舞台に上がる事は今後もうないだろうし
自分にも出来ないだろう、だからもうやめよう、と自分で結論付けていました。
落語は自分の中で完全に終わっていました。引退公演でやった「阿弥陀池」の記憶だけが
妙に自分の中で美化され、そのお花畑の中に落語は閉じ込めたつもりでした。



そんな2012年の初夏。単身赴任先の独身寮で退屈と戦っていると、ミクシィのメッセージが意外な
方から届きました。落語大学の先輩、浪漫亭来舞さんからでした。

「こんど横浜で落語やるから、関東に居るんなら観においで」

その時の私は多分「単身赴任先の土日は退屈だし、まあ丁度いい暇つぶしになるわ」
くらいの舐めた気持ちで、観に行く事を了解しました。
その後の生活が180度変わる程になる、その転機になる寄席行きになるとは、
その時、考えもしていませんでした。(つづく)
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コメント
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続編早く読みたい!
2013/10/22 11:35  | URL | さえ #-[ 編集]
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