来舞さんのこと
2014/10/10(Fri)
落研時代の最後の悪あがきは「阿弥陀池と私」に、社会人落語を初めて去年の池田までの事は「まんこわと私」にまとめて長々と書いてあるのは、一部の方はご存じかと思います。
この二つの、私の落語に関わる節目節目の物語で、キーマンとして必ず登場するのが、浪漫亭来舞さん。
関西大學落語大學の8コ上の先輩です。

端正で豪快な語り口調、アホがアホである様の表現の仕方、派手さ陽気さ声の大きさなど、全落語大學の後輩が憧れの目で見上げる「ミスター落語大學」。卒業公演で来舞さんに褒めてもらって号泣し、16年後に「とにかくやりなさい」と半ば強引に社会人落語の世界に引きずり込んでくれた、大恩人でもあります。
私がよちよちと社会人落語を始めたことを、殊更、喜んでくれ、何かと気にかけてくれては、話をさせてもらうことで自分の位置確認と、目指す方角を確認することができる、私にとっての南十字星のような方です。
そんなゴイスーな来舞さんでも、今まで、池田は決勝に進んだ事は、ありませんでした。誰もが認めるうまい人が、そのまま必ずしも順当にファイナルに行かないところが、この大会の魅力でもあるのですが。

私が初参戦した、昨年の第5回大会。当時、落語を再開したばかりの私は、当然、来舞さんも参加されるんだろうな、とか、同じ会場で出られたらいいなあ、とか、能天気なことを無邪気に考えていました。

あれは確か、去年の「あたらし寄席」の翌日の日曜。私は単身赴任先から、自宅のある名古屋に戻ろうと、当時住んでいた浦安駅のホームで電車を待っていました。すると乱坊さんからの一斉メール。

「来舞さん、倒れて入院。ヤバい。○○病院」

急きょ、私は自宅のある、名古屋を通り越して、大阪まで見舞いに行くことにしました。スマホでエクスプレス予約の変更をしようとするのですが、うまくいきません。手が震えて震えて、その上涙まで止まらなくなったからです。万一、もし万が一。プライベートな話なので詳細は省きますが、難は逃れ、復活しはったのは本当に良かったです。でもその年(去年、第5回)の池田はお休み。

そして今年、初めて一緒に池田に挑戦し、あろうことか、一緒に決勝に進むことができました。今回の池田で、最もうれしかったことのひとつです。憧れの先輩と、初めて一緒に出させて頂く寄席が、池田の決勝だったので。
来舞さんも言ってくれました。


 「なんか、ドラマみたいやな」


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