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「第1回吠える狸の落語会」と「だんじり狸」のこと。
2014/12/12(Fri)
主宰させて頂いております社会人落語グループ「たぬき連」、その旗揚げ公演となりました「第1回吠える狸の落語会」は、去る12月7日(日)、盛況のうちに開催することが出来ました。お越し頂いた皆々様、本当にありがとうございました。

初回はとにかく、ここでやったろかいっ!てな感じで、神楽坂は毘沙門天・善國寺さんをお借りしました。心配していた集客も、お蔭様で蓋を開けると大入り満員、追加で座布団を出して50名以上のお客様にお集り頂けました。

まあでも、今回は初回という事で、知人にも無理言って来てもらってて、言ってみれば、「保険の外交員に就職した姪っ子のために、親戚のおっちゃんが生命保険入ってあげてる時期」みたいなもんで、早いところ根城を定め、活動したいなと考えています。



今回、私が手掛けさせて頂いた「だんじり狸」は、今回の旗揚げで、ネタおろしをしました。「たぬき連」の「たぬき」は、芸事が好きな動物の象徴ですが、いちばんのルーツは、どうしてもやりたかったこのネタからイメージを引っ張ってきたものです。

「饅頭こわい」では、入れ事を極限まで増やしたデコトラのような内容で、とにかくショートスパンの笑いに徹し、次の「遺言」では、人物の突飛なキャラづくりを重点テーマにしてきました。今回の「だんじり狸」は、笑いどころの少ない、ある程度の長講を、最後まで飽きずに聞いてもらうことが出来るか、という、自分的には今まででいちばんハードルの高い挑戦になりました。

またこの作品は「遺言」と同じく、落語作家の小佐田定雄先生の作品ですが、現在口演されているプロも少なく、私は落研の先輩である、浪漫亭来舞さんの演じる「だんじり狸」の音源しか、聴いたことがありません。所作や目線が一切わからず、しかも前半は人物3人で会話が進むので、人物の位置関係などを設定しながらネタを覚えるのに、最初ずいぶん苦労しました。それと、似たような年恰好の友だち仲間3人の演じ分け。たぬき連の稽古会で意見をもらいながら、少しづつ形づくったネタとなりました。時間や距離の問題もあり、来舞さんに直接稽古をつけて頂くことができなかったのは、今でも心残りです。



「だんじり狸」には、トラちゃんと言う子供が登場します。トラちゃんの父親「梅やん」は、流行り病で死んでしまい、母親と(おそらく)二人で暮らしている、だけど元気な男の子。

初めて来舞さんの音源を、てまりさんから借りて聴いた夜、脳裏には、自分の息子たちの姿が浮かんでいました。私は6年前から単身赴任中で、下の子が小学校に入る前から卒業まで、月に2回程度しか帰宅しない、幽霊のような父親です。そんな、父親らしい事を何もしてあげられていない私ですが、音源を聴いていると、なぜか彼らの、例えば、単身赴任になった事をを初めて告げた時、目をパチパチさせながら、すこし小さな声で「さびしくないよ」と言ったこととか、連休で帰った時に「父ちゃん、あしたも居るよね」とそっと聞いてきたこととかが、走馬灯のように思い出され、気が付くと泣いていました。自分の父親としての不甲斐なさが身に染みると言いますか。
ですので、このネタは私にとって、特別なネタで、自分で演じるなんてとんでもない。いつかやれれば良いけれど。そんな風に考えていました。

そうこうしている内に、「たぬき連」を立ち上げる事になり、最初の寄席に何を掛けるか決める必要が出てきました。今さら「遺言」でもないだろう。だんじり狸は?でもこの噺は難しいぞ、来舞さんにも、てまりさんにも反対されたし。これはまあ、いつかやろう。

・・・

いつか?

ちょっと待て。いつかって、いつだ?

来年死ぬかもしれないのに、今、やらなかったら、一生やるタイミングなんて来ないんじゃないの?やるとしたら、今だろ。「やらぬ後悔より、やった後悔」って小遊さん言ってたし。とにかくチャレンジするのは、今しかない・・!!

まったく勝算もないまま、もうこれしかない、好きだからやりたい、という思い込みだけで選んだネタでした。
それが吉と出たのか凶と出たのか分かりませんが、個人的に非常の思い入れの強いネタで、初回のトリを務めさせて頂いたことは、一生忘れられない経験となりました。演順に関し支援してくれた、たぬき連のメンバーの皆さんには、本当に感謝をしています。



それからこのネタを演じる上で、こと東京に於いては頭の痛い問題がありました。ハメモノです。

「だんじり狸」は、終盤に、大太鼓と当り鉦によるだんじり太鼓が聴こえてき、その音が最後、大きく激しくなって太鼓の音で落とす、という珍しい噺です。ハメモノで落とすパターンは、他には無いのではないでしょうか。しかも、あるセリフがきっかけで演奏が変化するため、CD音源では対応できないのです。

江戸落語にハメモノがない事が決定打だと推測していますが、他の地域とは違い、東京の社会人落語では、生の下座はほとんど存在しません。この環境で、どうやって実現するか。考えに考えて、今回、私は二つの実現手段を用意しました。

ひとつめはDTMによる代替音源の製作です。幸い、会社の友人に、デジタル音源での作曲が趣味の人がいて、彼に頼み込み、だんじりのループ部分と、最後の盛り上がり部分、2つを作ってもらいました。たしかティンパニーなど色々な打楽器の音源と何種類ものエフェクトを掛け合わせて作ってくれたと聞いています。実際、和楽器の音にしか聞こえない優れものです。
池ちゃん、ほんまにありがとう。今回は使わなかったけど、きっとどこかで使わせてもらいます。

そして2つめは、これは実現するの無理だろう、と思っていた、本物の生下座での実現です。
「だんじり狸」のハメモノは、大太鼓(オオド)と当り鉦、2つの楽器で演奏します。三味線が不要、というところが結果的には幸いしました。まず、当り鉦は、ゴールデンウィークに名古屋の楽語の会の寄席で鳴り物デビューした、小遊さんが買って出てくれました。もともと楽器は素養のある方で、名古屋で栄歌さんに少し手ほどきを受けた時、本番まで、それこそシンバルをたたくチンパンジーのおもちゃ並みの熱心さで叩きまくってあっという間に叩けるようになられ、栄歌さんや無眠さんを唖然とさせた腕前で、自前の鉦をひっさげコンチキチンを。

そして大太鼓は、舞歌さん。ご自分の日記にも書かれていましたが、嫁ぎ先のご親戚がたまたま和太鼓の師匠、という、どれだけ下座向きの一家やねん、という家族総動員体制。地元で開催されている「はらはら寄席」は、旦那さんの三味線も入る生下座体勢を整えつつある寄席です。そんなインフラをバックに、舞歌さんが「ほな私が叩いたるわ」と。
ただ、寄席囃子で使えるようなオオドが無く、困っていたところ、又してもこれは舞歌さん頼みなのですが、参加されている別の落語の会でお世話になっている方が、適したオオドをお持ちで、快く貸し出してくださり、メンバーと道具が整いました。
本番まで、何度も何度も稽古をしました。平日、通勤姿でオオドと木枠の袋をぶらさげやって来る舞歌さんの姿や、骨折してるのにヨロヨロと稽古会場まで来てくれた小遊さんに、何度も心の中で手を合わせました。

このように今回の「だんじり狸」は、本当にいろんな方の尽力を賜って、実現にこぎつけたものです。本当に、ありがとうございます。感謝してもしてもしきれないです。

そんな「だんじり狸」ですが、あと1回、舞歌さん地元の「はらはら寄席」にかけさせて頂きます。12月13日土曜。(これ書いてる時点で前日なので、遅すぎる告知ですが)皆様、お時間おありでしたら、お越し頂けると幸甚です。



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