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清志郎の死を悼む
2009/05/07(Thu)
清志郎のことが未だに総括できないで困っています

これだけ、日本人ならではのウェットなメンタリティを持った人が
その情緒を損なうことなく、日本語の歌詞に昇華できたこと、
それを増幅できる独自の喉と歌唱力をもっていたこと、そして、
バンドとしてそれをショーアップするセンスを、あの時代に持ちえたこと、
それぞれが奇跡であり、そしてそれが重複した幸福。

誤解を恐れずに書くと、彼の詞、曲作りのピークは’83年の「OK」までだと思う
僕自身が 次の「FEEL SO BAD」の頃から 後追いで聴き始めたファンだから
えらそうなことは言えないのだけど、やはり彼のクリエイターとしての才能は
10代がピークだと思える だからと言って彼自身の評価が下がる訳ではない
なぜならロックミュージック自体 ある意味若い人間のパッションを鮮度よく、かつ
高温でパッケージされたものが商品として高い価値を持つわけだから 彼とて
例外ではないのである。

だからもっと評価されていいのはフォーク・ドゥオ時代の、初期のRCサクセション
清志郎の10代のヒリヒリした感性と アグレッシヴな、そう、血が噴き出そうな
アコースティック楽器での演奏 この頃からもうすでに沸騰していたのだ。
’80年代からのどぎついメイクは、もともともっていた精神性をよく分かるように
彼がお絵かきしてあげただけの事だったのかもしれない

10代の多感な頃から、彼の詞に触れられたのは本当に幸福だった
そしてこれからも 彼の作品群は僕の中で輝きを失うことは恐らく無いと思う




「あふれる熱い涙」

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